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記念講演

Mr. Steven Parr of New International School

シンポジウム1日目のハイライトとなる記念講演は、東京豊島区のニューインターナショナルスクール学園長、スティーブン・パール氏によって行われた。パール学園長はバイリンガル教育、マルチエイジ教育に多年の経験と豊富な実績があり、明晴学園との研究会などで交流を重ねるなかでそのノウハウを伝えつづけてきた専門家である。

講演のタイトルは「バイリンガルリテラシーを獲得するための二言語併用教育と発達段階にあわせた教育: バイリンガル教育と発達に基づく教育の理由と方法」。バイリンガル教育によって、単に意味伝達手段としての言語を習得するだけではなく、それぞれの言語の十分なリテラシーを獲得し、二言語の運用能力を高め、バイリンガル、あるいはマルチリンガルとして自己表現と自己実現を図る筋道への展望を明快に解き明かしている。

スティーブン・パール氏講演要約

バイリンガルの必要性について

私は日本人ではなく、ろうでもなく、バイリンガルですらない。しかし私自身の子どももろう児たちも、2つの言語を持つことが必要であり、2つの文化に生きる子どもたちであるということで共通している。

日本のほとんどの子どもたちにとって、バイリンガルであることは単なる夢、あるいはエリートの特権かもしれないが、私たちのこどもにとって、それは夢だなどと言ってはいられない。現実でなければならない。

学校における19年の私の経験の中で、私は家庭で日本語を話す子どもたちが6年生、あるいは中学1年くらいで「おちこぼれ」になってくることに気がついた。先生たちや親は「英語が足りないのだ」と考えた。しかし、実際にはそうではなかった。

トロント大学のカミンズ教授は言語習得の権威だが、その研究結果によれば、家庭で話している言語で学校教育を受けていない場合、学校における言語で学年相当のレベルに達するまでに7年から10年かかると言われている。これはまわりの地域社会の言語が学校の言語と同じ状況においてであり、それが違えばもっと長くかかることになる。

また第2言語で小さい頃から1日のほとんどの教育を受けている場合、3年生くらいまではうまくいくが、「4年生以上、特にカリキュラムの学問的、認知的な要求が急速に高まるにつれ、第1言語の学問的、認知的な発達が不足している場合、上級学年に進むにつれ、どんどん勉強がうまく行かなくなる」という研究結果がある。

彼らは「英語が足りないから」落ちこぼれているのではなく、日本語が、母語が足りなかったのだ。コミュニケーション能力は学問的な能力とは違う。第2言語で学問的な能力を持つためには第1言語が非常に強くなくてはならない。

その確信が、私を早い時期から2つの言語で子どもを教える学校をつくろうという方向に導いた。それがニューインターナショナルスクールである。

ろう教育との共通性

カミンズ教授は著書の中で、手話と学習言語の発達には明白な関係があることを明らかにしている。

学習言語能力が目標であるのならば、手話を習得したろう児はそうでないろう児に比べ、明らかに学習が進むはずだ。それは聞こえる子どもにおいて母語が強い子どものほうがそうでない子どもに比べ、他の言語の習得がずっと早いということと同じである。

母語の力が弱い場合には、別の言語での学習言語能力を発達させるためにもっと長い時間が必要になる。聞こえる子どもの場合最大12年と言われるので、ろう児の場合はもっと時間がかかるのではないだろう。

6歳までに母語の言語力がほとんど、あるいはまったく発達していないと、問題はもっと複雑になる。いかなる場合でも、母語の早期の発達が必要だ。ろう児の場合、それは手話である。

聞こえる子どももコミュニケーションの手段としてサインを使うことはあるが、ろう児の場合と大きくちがうのはそれがオプションだということだ。ろう児にとって、手話は必要不可欠である。

ろう児と、日本にいる国際的な家族との共通点は、第二言語での学習を成功させるためには、強い第一言語を持たなくてはならないということだ。そのような子どもたちにとって、バイリンガルであることは必要なことだ。しかし、それは幸運な必要性だ。バイリンガルの利点はたくさんあるが、それは聞こえる子どもにもろう児にも同じように当てはまると思う。

バイリンガル教育の2つの種類

学習言語能力に目標を置くバイリンガル教育は、一般的に2つのタイプがある。1つ目がイマージョン教育で、2つ目が二言語併用教育だ。

イマージョン教育は、読み書きを第二言語で始めて、次に母語ですることもできる。この方法は似た言語の間では特にうまくいく。たとえばカナダのフランス語イマージョン学校の場合など。こうしたところでは、長期的にはすべての科目を両方の言語で学ぶようになる。

二言語併用教育は、子どもたちが両方の言語で読み書きを習う。年齢、学年に関係なく、はじめから1日の半々をそれぞれの言語ですごす。これがニューインターナショナルスクールの方式だ。英語と日本語は大変異なっているので、私たちはこれが最適の方法だと思っている。

私たちは(漢字の理解を含む)読み書き能力を、国語の時間だけでなく、初めからカリキュラム全体を通してテーマ別アプローチで発達させたいと考えている。教科書に基づくアプローチではない、テーマ別アプローチについてはこれからお話しよう。

2つの言語で学ぶといっても、授業時間が2倍必要だということにはならない。カミンズ教授が共通基底言語能力とよぶものがあるためで、概念は1つの言語からもう一方に転移するからだ。

バイリンガルであることはモノリンガルにくらべ、はるかに豊かな概念の基底をつくることができる。このことがろう児にとってどのような意味を持つのかは大変興味深い。ろう児は手話と書記言語というまったくその言語を使うための道具(手と声)がことなる2つの言語を学んでいるからだ。

学年別vs発育に合わせたアプローチ

次にお話しするのは学校やカリキュラムの運営様式として考えられる2つの方法についてだ。1つは学年別の方法で、もうひとつは発育の状況に合わせた方法。日本のほとんどの学校は、学年別の方法をとっている。

学年別の方法は、もともと1800年頃、ドイツのプロイセン(プロシア)で開発されたもので、産業革命や国家の発展を背景としている。工場の組み立てラインのベルトコンベアーのイメージで、工場型教育と呼ばれた。

この方式はふつう遠隔操作されている。認可を受けた教科書、時間割、標準テスト、教員研修や教員免許などだ。それぞれのカリキュラムが決められているので、カリキュラム中心の教育ということもできる。 本質的にこの方式は標準化、おなじであることを要求する。子どもたちは学年相応かどうかという観点で比べられる。つまり学年レベルより進んでいるか、相応か、遅れているかという見方。それは標準テスト、偏差値テストの結果として客観視される。当然、子どもはお互いを比べ合うようになる。

この方式に、人種や文化的背景が異なる子、特別な才能がある子、「障害」がある子がうまく溶け込むのは難しい。もっと深い意味においては、誰も本当に溶け込むことはできない。そのような学校で過ごす子どもたちは「みんなと同じになりたい」と思うようになる。叶うことのない希望への努力だ。そのようなやり方は文化の多様性や教室の中で使われる言語以外のことばの発達を助けないばかりか、大きく阻害する。他の子と「違う」子どもは苦しむし親も苦しむことになる。

これは日本だけの問題ではない。アメリカも含め、このやり方で運営されている学校ではどこでも同じだ。このシステムは、管理がしやすい。より集中し、標準化していればいるだけ、管理運営面から見て効率的なのだ。それがまた、このシステムが変われない大きな要因だと思う。

発育に合わせた教育

発育に合わせた教育は子ども中心であり、カリキュラム中心の教育の対極にある。モンテソーリ教育も発育に合わせた教育の一つだが、マルチエージ教育はまた別の教育方法だ。ニューインターナショナルスクールはマルチエージ教育である。ノーザンアリゾナ大学マルチエージ研究所のサンドラ・ストーン博士に触発されたものだ。

ニューインターナショナルスクールでは、ホームルームには2歳から3歳の年齢の幅があり、どのクラスにも英語と日本語でチームティーチングをする2人の先生がいる。先生たちはどちらの言語でどのような活動をしたらよいかを計画する。学校は子どもたちを比較せず、また卒業証書以外の賞もない。子どもたちは全体や小グループ、活動のセンターを中心に、プロジェクトに基づくものや、自分独自の活動を経験する。子どもたちは教師から学ぶのと同じくらい、お互いから学びあう。

理想的には、2、3年間は同じ先生の方がいいと思う。クラスの中の最年少から年長のメンバーになっていくことで教わる側から教える側になっていく。8歳から子どもたちは全員がスズキ・メソッドでバイオリンを習う。

私は全ての子どもに対して、発育に合わせた教育を推奨している。特にバイリンガル教育において絶対に必要だと思っている。ろう児と、日本人の母親を持つ私の子どももだ。バイリンガルの子どもにとって、それはとても幸運な必要性だと思う。脱工業化時代に生きる子どもたちにとって非常に利点が大きいので、十分に支援する価値がある。

私たちはいま、発達の連続帯を使ったスコットランド方式との組み合わせを基本としたカリキュラムの策定に取り組んでいる。

教え方の方略として、全体での活動では、先生は大きな本を使うか、コンピュータを大きな画面に映すかして、全ての子どもたちが見られるようにする。そしてほとんどの、あるいは全ての子どものレベルを少し超えたことをする。子どもたちが発達のどの段階にいるのかを見極め、いろいろな方法で習得の過程を助ける。一つの作戦はガイド付き読書で、こどもの発達にあわせた小グループに分け、先生がついて年齢に関係なく、みんな同じ本を読む。

算数に関してはクラス全体が一緒に考える問題として、次のようなものが与えられる。「もし10人がそれぞれ握手をするならば、全部でいくつの握手が起きるか」。これは5歳から7歳のこどもに出された問題。子どもたちがどのようにしてその問題を解くか見るのはなかなか面白い。問題を解こうとする過程で身につけるスキルは、単なる計算能力をはるかに超える。社会的なスキル、考えるスキル、違う考えをお互いに尊重すること、など。子どもたちは1人で考えるより2人、あるいはもっとたくさんの頭で考える方がいいことを明確に学び、当たり前のようにうまく他人と一緒に行動できるようになる。どんな未来が待ち受けているかわからない子どもたちにとって、これよりもよい準備の仕方があるだろうか?

結論

二言語併用とマルチエージのアプローチの課題には、おもに3つの重要な課題がある。

1つ目は先生に関すること、2つ目は教材その他に関すること、3つ目は親に関することだ。

まず先生は、マルチエージの環境で教えることができなければならない。そのためには特別な研修が必要だ。私たちはすべての教員サンドラ・ストーン教授のいるノーザンアリゾナ大学のマルチエージ研究所に派遣している。

中には自然にマルチエージ教育ができる人もいる。幅広い年齢の子ども、さまざまな発達段階の子どもたちを教えた経験の長い人達だ。美術や体育、音楽、特別教育の先生たちなどである。明晴学園の先生たちもそういう先生方だと思う。

マルチエージ教育に関して、英語ではたくさんの教材がある。私たちにとって大きな課題は日本語の教材。日本の教材は学年別になっており、決まったカリキュラムに沿っているからだ。たとえば漢字の学習は完全に組織だっていて、子どもにとって退屈で困難なものだ。

3つ目の課題は、親。親たちは学校がしていることを信頼する必要がある。しかし自分たちがマルチエージや二言語併用教育を経験したことがなければ、それは難しい。サンドラ・ストーン教授は、伝統的な学年別教育は野球で、私たちはバスケットボールをしているようなものだという。親たちは標準テストやそのほか成績といった様々な評価に慣れ親しんでいる。

成績のついた通知表ではなく、私たちは子どもたちが主導する面談とともに説明的な通知表を出している。面談では子どもたちが自分の作品集をひろげて、親に何を学んできたかを話す。子どもたちは学期末の発表をグループまたは小グループで行う。私たちは、ある一定の基準にのっとって判断するのではなく、それぞれの子どもがしていること、できること、そしてこれからできることを称えるのである。 明晴学園の親についていえば、最も大事なのは手話を覚えること。子どもの第一言語の発達を手伝ってほしい。

私たち親は、いま存在するオプションの中で子どもに最適なものを見つけなくてはならない。もし子どもがろうならば、明晴学園がそれだと思う。明晴学園の「子どもが学校をつくる」というのは、すばらしいモットーだ。

明晴学園の教育実践発表をごらんください

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