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パネルディスカッション

パネルディスカッションは2009年2月28日午後2時15分から1時間15分にわたり、品川区立総合区民会館「きゅりあん」7階イベントホールで行われた。テーマは「ろう児のための教育とは何か」で、発言者は以下の通り。

おもな発言の要旨は以下のとおりである。

パネルディスカッションの主な発言の要旨

木村

明晴学園の発表について。

池田

遊びを中心にしている。しかし必要なものについては日本語を書いて壁に張るようなこともしている。しかしそれはカリキュラムとして定式化されているわけではないので、今後の課題となる。ろう児は目が発達しているので、目に入った日本語の意味を聞いてくる。それを手話で説明するようにしている。5歳くらいになると漢字に興味をもつようになる。今後の課題として、日本語を書くことも考えてみたい。

ギブソン

明晴学園の取り組みには感心したが、政府が決めている試験を通るようになるためにはたぶんそれだけでは足りない。幼稚や乳児の段階、場合によったら家庭訪問の段階から必要なのではないか。そして幼稚部、小学部で評価を行っていかなければならない。その結果によって方法論も変わってくる。たとえば直接的な指導など。私たちは過去に言語面での注意が行き過ぎて、リテラシーがおそろかになることがあった。

そうした経過のなかで一つの決断があった。それは2歳からL1とL2で書かせるということだった。

カナダでは生徒は高校卒業資格を取るまでに、少なくとも小学校6年の段階と、通算で10年生の段階で政府の決めた試験を通らなければならない。

木村

研究発表についての次は、日本のろう教育について。

岡本

バイリンガルろう教育を日本で広めたいと思い、10年前から親の会を立ち上げ活動してきた。明晴学園ができたが、日本のほかの90余りのろう学校ではバイリンガル教育をしていない。「手話を取り入れた」「手話で教育をはじめた」といいはじめているところがあるがその手話がどういうものかよく見てほしい。手話単語、ないしは手指日本語だ。いま日本のほとんどのろう学校はトータルコミュニケーションに一生懸命進んでいる。しかし親はそれを望んではいない。バイリンガルろう教育を阻んでいる要素が3つある。それはろう教育の専門家といわれる人びと、全日本ろうあ連盟、そして偏った「インフォームド・コンセント」体制。こうした現状にアドバイスはあるだろうか。

池田

明晴学園になって子どもたちの成長に手ごたえを感じている。子どもたちは自分たちの居場所をみつけることができた。学校にいれば手話を使うが、家に帰れば異なる環境がある。そのようなところで大事なのはろう文化。電車のなかで席を譲られたとき、聴者はすみませんというが、ろう者はそのような言い方はしない。しかし日本語のような言い方をしないということで批判される。風邪をひいたとき私たちは手話で風邪をひいたといい、病気というラベルの付いた手話は使わない。「病気」は風邪程度ではない、もっと重篤な状態をさすからだ。しかし聴者には「病気」といわないとそのことを批判される。子どもが遠足はいつ行くのかと聞いたとき、ろう者であるなら11月か12月と答えるだろうが、聴者は「いつか」というようなあいまいな答え方しかしない。言語もたいせつではあるが、文化もそれに合わせて尊重されなければならない。とはいえ、このような私たちの生き方は全国的な流れになっているわけではない。

ギブソン

きょうここにいるみなさんは幸運だ。カナダでは、1990年代はまるで沈んでいく船のなかにいるようなものだった。日本にきて見ている状況は、カナダでプログラムがはじまって5、6年の状況とよく似ている。二つの言語を習得しなければならないが、それは教えなければならないものだ。そうでなければ高校卒業時の試験に受かるまでの発達をとげることができない。

政府というのはどこでも難しいものだ。法律が通ってから実施規則ができるまでに14年かかっている。カナダ政府はバイリンガルを標榜しているが、現実はそれに見合う状態に達してはいない。カナダにもトータルコミュニケーションの支持者はいるし口話主義者もいる。しかし私たちは彼らにバイリンガル教育を阻害させるようなことはしない。

私たちには何が必要なのか。それは研究と評価だ。

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